201808/25

EDは社会的地位への影響や仕事上の責任を問われることもない

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すべてより愛の世界

EDだからといって、社会的地位が脅かされることもないし、仕事上の責任を問われることもありません。

しかし、糖尿病やストレス性の病気を持っている人は仕事に規制が出てきたり、時には配転が余儀なくされることもあります。

ところが、バイアグラが登場したことで少しずつ変化し始めてきました。

「自分もよくなるんじゃないか」、「持病とは別に、EDを治療することができるのではないか」こういった希望が持てるようになってきたのです。

実際にそう訴えてきた方が、何年もセックスから遠ざかっていた方が見事に可能になる。そしてEDが治ることの副産物として、生活全般に注意を払うようになり、本来の病気自体にも良い効果が出始めました。

ED治療がその人に与える効果の大きさに、医者も患者も改めて気づき、驚いているところです。

1996年のアメリカ大統領選でクリントン大統領に敗れたボブ・ドール氏も、前立腺がんの手術でEDに陥った一人です。その後、ED治療薬の臨床試験に参加し、性生活が復活したといいます。

こうした経験をドール氏は、しばらく人には話しませんでした。「恥ずかしい」「政敵の攻撃材料になるかもしれない」というのがその理由でした。

ところが、99年に政界を引退し、テレビのトーク番組で、当時75歳の氏が、「私はバイアグラの臨床試験に参加していた。グレートだ。実に効果的でスゴイ。もう少し早くこの新薬が出ればよかった」と明かしました。

放送後、大変な数の電話が殺到し、ドール氏は一躍、ED治療の伝導者となってしまいました。

ワシントン・ポスト紙の一面では、この薬で喜びを取り戻した人たちの声として、「夫がターザンになった」というような、奥さんたちの喜びを紹介していました。

また、発売元のファイザー社の株価は上昇。ドール氏は、早めにファイザー社の株を買っておくべきだった」とも語っていました。

男性機能を回復したドール氏の勢いは、それだけでは終わりませんでした。テレビCMに抜櫂されたのです。

「EDは人に言えない問題だ。今回のCMは、苦しむ人々の手助けになるに違いない」そして、「EDは決して恥ずかしいことではない。効果的な治療法はある。病院へいこう!」これらは、まさに私のいわんとしているところであります。

仮に、これが日本の永田町のセンセイだったならば、どうでしょう?

自分が「EDだ」などとは、日が裂けても公表しないでしょうし、こと自分の病気、ましてや下半身が絡む事は絶対タブーな世界のようですから、政治の秘め事も下半身の秘め事も、すべて秘め事として終わらせてしまうのでしょう。

以前、官房長官経験者のK氏が週刊誌上で、「バイアグラ愛用者」と書かれたことがありました。するとセンセイは、「肉体的欠陥があるとの印象を与える」と出版社を名誉毀損で訴えていました。

現役バリバリなのでしょうが、ドール氏の話を聞いた後では、K氏の器が小さく思えてきますね。

ところで、ドール氏ですが、大統領選ではクリントンに破れたものの、晩年はバイアグラ効果で悠々自適。 一方のクリントンは、当時、不倫もみ消し疑惑で下院司法委員会で弾劾訴追決議案を可決され、政治的ダメージを受けていました。何とも皮肉な話ですね。

偶然でしょうが、ドール氏はクリントンのお相手となったモニカ。ルインスキーさんが大統領と不倫関係にあった時に住んでいた、ワシントンのアパートを購入したということです。

「いい年をしてみっともない」男ならば、勃たないことの苦しさは同性としてわかるはずだと思うのですが、これが親となると話は別のようです。

親のセックスを想像したくないということが根底にあるようですが、それは偏見です。それに「いい年をして……」という言い回しは感心しません。

だいたい、その言い方は間違っています。人間にとってセツクスとは単なる生殖行為ではありません。それは男性と女性しかいないこの世界で、両者の関係を円滑に進めるための最高のコミュニケーションなのです。

夫婦関係はその最たるもので、子供をつくる目的だけでセックスをする夫婦はいないでしょう。会話だけよりもさらに深い結びつきをセックスは与えてくれるのです。

人間は他の動物と違い、大脳が大きく発達していることはよく知られています。これに加えて面白いことに、人間はペニスも他の動物に比べ、体格に比して異常なまでに大きく発達しているといいます。

我々はセックスでコミュニケーションをはかれるのです。行為そのものを喜び、楽しみと感じることが出来るのです。

神が我々に与えたこの巨大なペニスはそうした意味を持っているのです。

年齢を重ねると、行為は可能でも射精時の感覚は若い頃とは違い、いつも快感が得られるとは限りません。しかし、パートナーは喜ぶかもしれません。

「まだ女としての魅力があるから」と感じ、さらに魅力的になるかもしれません。セックスはこうして自分とパートナーの身体だけでなく心にまで作用するのです。

若い女性がパートナーだった場合には、「凄いわ、元気だわ」といわれることだけでも元気になるものです。

そしてそれが自信につながっていけば、若い頃の感覚を取り戻す事は無理としても、ED治療の大きな効果があったといえるでしょう。

男性が男性たるパワーを発揮するには、やはり男性自身が元気である事が要求されます。男性機能が回復したことで、家族との接し方が変わり、家庭の会話が増え、健康に注意するようになります。

元気だということで、まだまだ仕事も頑張れるのです‥。これだけの効果を考えれば、中高年の御夫婦がED治療にやってくるのは当たり前のことだというのがわかります。

恥ずかしいどころか、むしろ人生をより充実したものにしようという勇気を持った前向きで、魅力的なことなのです。

さて、ED治療に批判的だった方のお話なのですが、理解してくれているということです。

最近では、「調子はどう?」と興味津々だとか。喜ばしいことです。

「私、異常なんでしょうか?」

「実は、五年間、セックス無しなんです……」

「セックスできないということですか?」

とたずねると、

「はあ、それが主人のペニス、いざという時に元気にならないんです。そればかりか、たまに元気になったかなあと肌を合わせると、1~2分でダメになってしまうのです」

奥方が堰を切つたように早口でまくしたてました。奥方は30代前半、御主人が40ま近かという年齢です。

「御主人の場合、年齢的にまだ若いですし、特別持病もないようですので弱めのお薬を用意しましたから。さあ、ズボンを降ろして下さい」と促すと、彼は渋々ズボンを降ろしました。

「ほう、ご立派なものですねえ。こんな宝刀をお使いにならないなんて、これが本当の放蕩息子ですよ」などと冗談を交え、リラックスしてもらい注射を施して3分後、「おおっと、来た、来た、ムズムズーと」彼は自分のモノを右手に握り締めるようにしながら、驚きを隠しきれない様子で声を発しました。

御主人の様子が気になったのか、奥方が足早に彼に近づき、握り締めた掌からニョキッと顔を出した元気印を覗き込むようにして、「パパ、元気になったじゃない。よかった、本当によかった!」と声を弾ませました。そして彼女は、こういうのでした。

「恥ずかしい話ですが、私にとってこの五年間というものは家庭内で満たされなかったばかりか、外でも何んとなく気後れのする五年間でした。幸い、二人の子供には恵まれましたが、気の合った奥さん同士の立ち話などで、『うちの主人はあれが好きで、毎晩なのよ。お宅の御主人はどうかしら?』などと、あちらの話などを持ち掛けられる度に、胸がドキっとして、『ええ、まあ』などと、はぐらかしてきました。まさか他人に、五年もしていません……、とは言えませんでしょう。

感情の高ぶりを覚えた時は、イビキをかいて寝ている主人の手を私の股間に当て、そっと閉じたりして一時の幸せを求めることすらあつたのです。私、異常なんでしょうか?」

「いや、奥さんはごく普通の女性です」目頭を熱くして訴える彼女の顔を直視して答えると、彼女は我にかえったようにして話を続けました。

「女性にとっても、夫婦生活は大切なんだなあと、今回の経験でつくづく思いました。病気で食事制限された時みたいに、元気になったらあれも食べたい、これも食べたい、何もいらないから早く元気な体に戻りたいと、来る日も来る日もそう思い続けていた時の心境と、今まで私が、夫が元気になってくれるようにと切望していた気持ちが同じだったということが分かりました。……でも、今日からは違うわ!」

と言って話し終えた彼女の顔は、つい今しがたのときとは別人のように輝いていました。彼女の勇気ある体験談に敬意をはらい、「EDを男性だけの問題としてとらえることなく、むしろ女性の立場からも積極的に参加していただいて……」

ふとそこに目をやると、どちらが差し伸べたのか、御主人の膝の上で二人の手がしっかりと結ばれていました。

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