201810/05

勃起はみなぎる自信を取り戻す!劇的リゲイン勃起ストーリー

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

直腸ガンの体が大きくて、お腹もでっぷりとして、貫禄のある方が勃起することはするし、間隔はある程度期間をあけなければいけないけれども、普通にセックスをしていたらしいのです。

ところが直腸ガンの手術を受けると、中折れがどうのこうのというよりも、うんともすんともいわなくなってしまったのです。もちろん挿入もできなければ、射精もしない。問診表からいうと、勃起度は0点です。

薬で見事に勃起

直腸ガンの手術は骨盤内の臓器におよぶ手術ですから、多くの場合、陰部神経も損傷してしまうのです。その段階で中枢神経からくる命令を伝達できなくなってしまいます。

こうなると、性的刺激と興奮が前提であるバイアグラも効きません。こういう人は、手術でプロテーシスを挿入するしかありませんでした。

しかし、彼に初めて弱めの薬で試してみたところ見事に勃起しました。陰部神経がやられても、カクテルは、ペニス海綿体に直接に注射するわけですから、陰部神経とは関係がないのです。

彼に合ったカクテルを調合し、家で自分で注射するように指導しました。彼は、何度も自分で打ってみようと挑戦したようですが、初めての経験でなかなかうまくいかなかったようです。

奥さんのいたわり

そこで奥さんが御主人のペニスをいたわるように打ってみたそうです。それまでこの治療法に対して半信半疑でいた奥さんが、注射を打つと、日の前にいきり立つ夫のモノを突きつけられたのです。見事に屹立したペニスを見せられて、御主人以上に奥さんがビックリです。

勃起に驚いた奥さん。

「凄い、ほんとにこんな薬ってあるの!」としみじみと眺めていたといいます。この時は15分しかもたなかったそうですが、「それでも久しぶりで感激ですよ」と。

その後は、カクテルをさらに彼に合うように調整した結果、いつでも一時間は大丈夫という状態になりました。夫婦の間では、注射を打つ係はいつも奥さんだそうです。

「何だか女房にやってもらうほうがうまく行くから」と。人に打ってもらうほうがうまくいくという方も多いようです。

先日は奥さんも見えたので、注射のコツなどの話をうかがったのですが、その後、ポツリとこうおっしゃっていました。

「治療してからお父さんが変わりました。夫婦関係も以前より結びつきが強くなった気がして……。こんなことってあるんですね」

彼は治療を始めて3ヵ月後、カクテルを打ちはじめて 1ヵ月後、直腸ガンの手術以前の状態よりも、いやそれ以上にハツラツと若返り、仕事にも積極的に取り組み、欠席しがちだった会議にも出るようになったといいます。

バキュームもミューズもバイアグラも駄目だった……

若い人のEDに多いのは心因性のものです。Tさんもそのひとりでま34歳という若さです。来院したのは、結婚して三ヵ月日の時でした。初夜の段階からその時まで、一回も満足なセックスがないというのです。

Tさんは離婚経験者で、以前の結婚相手とは六ヵ月で別れています。その時の女性との初夜がたいへん気まずいもので、それ以来、EDに陥ってしまったとか。

再婚して、相手が変われば治るかと思っていたそうなのですが、やっぱり駄目。写真やビデオでは勃起するし、マスターベーションも可能なのに、女性に触れると駄目になってしまうというのです。

それでも仕事で出張の際などは、風俗店に遊びにいくそうで、その時は確率は5割。できても3~4分だそうです。若いだけに本人も真剣に悩みました。射精はできるのだから治るはずだと。

バキュームもやってみたし、ミューズもやった。バイアグラも飲んでいる。それでも駄目だといって来たのです。

カクテルを注射したら、それまでの苦労が嘘のようでした。見事でした。惚れ惚れするようなペニスで、「これが何故3分で駄目になるの?」というほど立派なものでした。

ところが今度はTさん、「女房に見られるから冷蔵庫にカクテルは入れて置けません。注射を打つところを女房に見られたら……」というのです。

EDは病気の一種であり、Tさんの場合は精神的なことが一つの大きな原因になっていました。心因性のEDは治るのも早いのだから、カクテルの存在を隠さず、まずは奥さんと協力して治療すべきなのです。

治療後の心のケアを兼ねた問診によると、パートナーに治療を受けていることを告げた人は、若い人ほど少数でした。70代以上の人はだいたいパートナーに告げていますが、それが夫婦のコミュニケーションを円滑にするきっかけとなって、その後の人生にいい影響を及ぼしているという結果が出ていますので、ED治療を恥ずかしがらないでほしいと思います。

Tさんにもその点を何度か説明し、奥さんと一緒に来院するようにと勧めてみました。しばらく迷っていたTさんでしたが、とうとう奥さんと一緒に見えることはありませんでした。

実は治ってしまった

その後、セックス前の注射について、堂々とまではいきませんが、奥さんに事情は説明したといいます。それで何回かそれを続けるうちに、ある時、気分が高まったと思ったら、すでに立派に勃起しているペニスに気がつき、そのままごく自然にことに及ぶことが出来、それ以来、嘘のように完治してしまったというのです。

カクテルの助けはもう必要なくなったと。こうした心因性のEDはきっかけは難しいかもしれませんが、何度かうまくセックスができることで(たとえ薬による勃起でも)自信を取り戻し、簡単に治ってしまうケースもあるのです。

心因性EDが治ってしまった彼に驚く奥さん。

シャイなTさんの性格では時間がかかるのでは、と危惧したものの、結果は見事に早期完治でした。男の心理は複雑なようで単純なのかもしれません。

忘れかけていた思いを実現した中折れ中年

パチンコ店を営むFさんは47歳は、いわゆる中折れ状態が長く続き、最近では全然駄目になっているということで、知り合いの医師と一緒に来院しました。

Fさんの場合、カクテルの一回の注入でEDは完治してしまいました。カクテルが、それまで忘れかけていたものを思い出させたようです。それ以来、敢えて働きかけなくても、日常の性的刺激だけで自然に勃起するようになりました。

Fさん自身がとにかく一番驚いていて、さかんに、「これは凄い―!これは凄い!」を連発し、感激していました。

そんなFさんが私にしみじみとこう言っていました。

「こんな凄い薬があるならば、死んだ親父に試してやりたかったなあ」Fさんのお父さんは、糖尿病で若い頃からだめになっていて、そのことをずいぶん悩んでいたのだといいます。息子としても、なんとなく元気のない父親が気になり、どうにかできないものか、と当時よく考えていたんだそうです。そのことをふと思い出した様子で、何度も何度もそうつぶやいていました。

前立腺を切除してセックスレス

Nさん55歳は十年前に直腸ガンの手術をして、その際に前立腺も一緒に切除してしまい、それ以来、セツクスレスの生活を送ってきました。

しばらく前からED治療のためにそれを研究している大病院に通っていたのですが、「こんな大きな手術をしていては無理だ。人工肛門もつけているし」と最後通牒を渡されたといいます。

それでもNさんは諦めきれませんでした。なぜ10年も経ってから治療を思い立ったかというと、「ガンの手術は通常5年して転移、再発しなければ統計上、治癒」といわれています。それでまず5年間、我慢したんだそうです。

そのうちに、元の元気なペニスに戻る執念も消え失せ、すっかり諦めていたNさん。ガンの手術後10年が経ち、転移の方も心配ない。奥さんもまだ40歳そこそこと若いので、また急に男としての本能が蘇ってきたようなのです。

真剣にED治療を考えようと思いたったのでした。Nさんはバイアグラも試したそうです。 一般に50mgを飲むと30分から一時間は勃つところ、Nさんの場合、2~3分がせいぜい。「女房のために」と、一ヵ月に3~4回大病院でED治療に取り組みました。が、勃起はするものの時間は短く、射精にまでは至りませんでした。

そこでの治療は、まずアダルトビデオを見せられて、それから勃起させるという方法でした。これを治療に通うたびやるのはなかなか苦痛でもあったようです。

そんな時、カクテル療法の存在を知って、治療の昔痛から逃れるかのように飛び込んで来ました。

Nさんの場合、かなり雁首の張ったペニスで血行がいいので、カクテル注射は少量でも十分に効果がありました。しかも、それなら持続性勃起にもなりにくい。案の定、少なめで試してみると、注射をして七分くらいで効きはじめ、十分で見事な状態になりました。

「全然痛くないんですねえ」とNさんは感心していましたが、とにかく気になるのは持続時間。「もっと強くしてくれませんか?」とさかんにおっしゃるのですが、「これで大丈夫」とカクテルを調整してお渡ししました。

Nさんは自己注射もうまくいき、家でやっても持続時間も一時間弱と十分保てたようです。10年間のセツクスレスもあっという間に解消し、なにより奥さんにとても喜んでもらえたと報告に見えました。

勃たずに死ねるか!

数ある私の患者さんの中でも、EDと大格闘を演じて勝利した、サクセスストーリーの持ち主の話を聞いて下さい。

勃起サクセスストーリー。

Yさん(58歳)は、五代続くバリバリの江戸っ子で、お堅い家庭の七人兄弟の末っ子として甘やかされて育てられました。高校に入学した時には、もうとっくに女性は経験済みでした。気がつくと銀座でボーイをし、水商売にどっぷり浸かっていました。

そのために、親から見放され、勘当。でも、商魂たくましく、商才にも恵まれたYさんはその世界でめきめきと頭角をあらわし、銀座に店を五軒も持つようになったのです。そんな折、

「○○市で風俗営業の許可がおりた」という情報が舞い込んできました。縁もゆかりもない、親戚すら一人もいない街で一念発起、このビジネスにチャレンジすることを決心しました。

若い頃に遊んだ実績をひっさげて、ビジネスのほうは大成功をおさめたものの、これまで遊びを支えてくれた自分のモノのほうはというと……。

「8年前、まさか自分が勃たなくなるなんて考えたこともありませんでした。だいたい、50歳になったばかりなのに、どうしてって感じでした」

Yさんは、ED患者に多い糖尿病を患っていました。しかも、高血圧でもありました。でも、まだ50歳です。経済人として、裸一貫から成功をおさめ、「これからが人生の本番」という時にEDになるとは……。

ペニスの使い時を逸したその悔しさ

「まったくもう」って感じだったそうです。「2歳年上の女房はまだまだ元気いっぱいだし、他の女も私の財布を目的に群がってくる。年齢以上のタフな肉体に加えて、精神的にも余裕は十分すぎるほどありました。それなのに、″あいつ〃だけは言うことを聞いてくれないんです。焦れば焦るほど、それをあざ笑うかのように、体の中に引っ込んでいくじゃないですか」

話を聞いてみると、Yさんは若い時分、人の3倍も遊んできたといいます。打ち止め?いやいや、ペニスに定年はありません。Yさんは、「糖尿病だから」「年だから」といちいち言い訳をつけては自らを慰めていたようです。

しかし、裸一貫から身を起こしたYさんの、ありあまるエネルギーはそんな言い訳ではごまかしようがありません。欲求は失せるどころか、かえって増すばかりでした。

しかし、期待だけが大きくて、肝心のモノは一向に″勃って″はくれません。「意地になりましたよ。だって、そうじやないですか。日の前に恋女房だけじゃなく、女がいっぱいいるんですよ! 据え膳食わぬは何とかじゃないですが、恥を忍んで、欲望のおもむくままに突進だけは続けましたよ。まるで、鉄砲を持たずに戦場に行くような忠誠心だけで動く兵隊ですよ」

据え膳食わぬは恥

気合だけは十分のYさんですが、なす術がありません。年と言われても‥って言われるのがオチなのを知っていても、ついつい女の子のいる店に行っては日説いていたそうです。ただ、口説くことに関しては衰えがあるわけではありません。

むしろ、磨きがかかったようです。しかし、いかに口説き文句に磨きがかかっても、イライラは募るばかりです。突撃は試みるものの空砲ばかりでは、相手もなめてかかってきます。

案の定でした。Yさんが言いました。「やっと口説き落としたホステスに、『社長、鼻息は荒いけど案外なのね?』こう言われてしまったこともありました。言うことをきかない″自分自身″に対してこれほど歯がゆく思ったことはありませんでしたが、その気になった女をシラけさせる罪ほど重いものもありませんよ。あの時ほど『インポ』という言葉が頭にこだましたことはありません。実際、『インポ』という言葉を人から言われると、それは裁判官から『死刑』を言い渡されるくらいのショックじゃないんでしょうかねえ。これは、なった者にしか絶対にわからないと思います」

それでもYさんは強気一辺倒で、しかも時にはユーモアを交えながらその場を切り抜けてきました。

「今日は飲み過ぎちゃったなあ。君は命びろいしたんだぞ。私に抱かれてみろ、もう一生離れられなくなっちゃうところだったんだからな」

それほど酔っぱらってもいないのに、急に酔っぱらいになるのも実に虚しいものです。それに一応、お互い生まれたままの姿で向き合ったわけですからね。それが″くすぐりあい″で終わって、言葉もなしに女に背を向ける姿は、同じ男としても寂しいですね。

おそらくYさんにとつては屈辱以外のなにものでもなかったはずです。Yさんは、心に誓いました。「この時ほど自分で自分が頼りなく思ったことはなかった。飲み過ぎはもう言い訳にはならないし……。勃たせるしかないー!戦いだ!」

Yさんの八年戦争の始まりでした。

打倒ED8年戦争

「とにかく、考えられるあらゆる方法でムスコに活を入れました。特に食べ物には気を使いました。スッポン、うなぎなど精がつくと言われているものは積極的に摂りましたよ。

酒のつまみには銀杏なんかもよく食べましたね。大人のおもちゃ屋にもずいぶんと通いました。もう顔なじみになっちゃって、街を歩いてこっちが気がつかないでいると、『社長!』

って声をかけてきますからね。大人のおもちゃ屋では、まず『強精リング』といってペニスの根元を締めつけるリングを買いました。血液の流れを止めてしまうので、たしかにある一定の状態を保つことはできるのですが、痛いので厄介でしたね。少なくとも、私には向きませんでした。

それに持続時間も長くありませんじね。バイブレーターもいろいろ試してみました。といっても、女性用です。でも、同じ相手にいつもいつもバイブばかりを使っているわけにはいきません。彼女は″本物″を求めてきます。その時どうしようか?と悩みましたよ。

出した答えが、相手がしびれをきらさないうちに、別の女性に乗り換えるという方法です。『なんと、贅沢な!』と言われるかもしれませんが、好きでやっていたわけじゃあありません。吸引器も試しました。ペニスにすっぽりと器を被せ、強引にひっぱりあげるんです。

これも、たしかに大きくはなりますが、『勃った!』と思ったらすぐに縮んじゃうので落ち着かなかったですね。そんなこんなが7年も続いてきたんです。普通の人ならば、とっくにあきらめているんでしょうけれども、私には意地があった。いや単なるスケベなんですかね(笑)。それから、バイアグラです。

この存在を知った時、『長い間、頑張ってきた甲斐があった!』と異常に興奮したのを今でも忘れません。アメリカの高齢の政治家が、この薬が効いたと告白したという話が紹介された時は、本当に嬉しかった。すぐに、アメリカに住む友人に頼んで手に入れたんです。目の当たりに見る青い錠剤に体が震えました。

興奮と期待で体は硬直しましたが、肝心のモノのほうは一向に……。あまりにも期待が大きかったからでしょうか、その時の落胆といつたら言葉に表せません。結局、体が熱くなっているのは感じましたが、ただ眠くなるだけでした」

Yさんは、最終兵器と期待したバイアグラにもそっぽを向かれ、そろそろ白旗を上げようと思ったそうです。主治医にも、「勃起させたい気持ちは痛いほどよくわかるが、根がだめになってしまっているものはどうしようもない」と匙を投げられた状況でした。

8年の長きにわたって頑張ってきたYさんでしたが、男の意地も萎えはじめかけていたといいます。「糖尿病だから」「年なんだから」という言われ方が、Yさんにとって真実味を帯びかけていたのです。

そんな時、カクテル療法の噂を聞きつけたのです。

第二の青春の幕開け

「またまた私の闘志に火が灯りました。男の意地です。このことを主治医に話したところ、

『あなたのは根がだめになっているということがまだわからないのですか』女房にいたっては、『いいかげんにして―』と血相を変えて怒鳴られました。女房のためにも、と思ってやっていることなんですけども……。私のムスコを知り尽くした二人にそう言われると、返す言葉が見つかりませんが、やらないわけにはいきません。

懲りない奴といわれようともですね。正直いって、半信半疑ではありました。それに注射をあそこに打つわけでしょう。一時間にわたる問診の後、いよいよ注射です。ものすごい緊張でした。ところが、『エッ?』っていう感じでした。たしかに、注射を打ったはずなのですが、蚊にでも刺された感じで感覚はまったくありませんでした。

『こんなんで本当に勃つんだろうか?』それから10分も経ったでしょうか。8年間、下を向いたままだった私のムスコがにょきにょきと頭を持ち上げてくるではないですか。よくテレビの科学番組で、植物の芽が土から生い出し成長していく様子をハイスピードで早送りしますよね。まるであの植物の芽、茎、葉を見ているようでした。

同じような動きでもって勃ち上がっていったのです。これって本当?同行した主治医も、『オーッ!』と声を上げて、信じられないという驚きの顔で穴があくほど私のモノを見つめていました。今の今まで、主治医がこれほどまでにじっくりと私のモノを診てくれたことはありませんでした。

『根は腐っていなかったんだね』これまでの八年間がまるで嘘みたいでした。まず何を考えたか? とにかく驚きです。そして当然、『早く使ってみたい』でした。さっそく、その夜、女房を相手に試しました。散々、『根腐れ』呼ばわりされてきましたから、その無礼にひと泡ふかせてやりたかったんです。

女房も立派になって戻ってきた私のモノを見るや、『ヘェーッー』と言ったきり、しばし無言でした。その夜。八年間に比べれば、わずか一時間にも満たないひとときでしたが、それまでの空白をすべて埋め尽くしてくれた感動がありました」

YさんのEDとの8年戦争の顛末

Yさんは勃起だけでなく、自信も完全に回復しました。勃起というのは、生殖行為だけのためにあるものではありません。セックスを楽しむためだけのものでもありません。勃起は男だけに与えられた機能であり、男が男として生きていくために、なにものにもかえがたい証なのです。

サラブレッドという競走馬は、他の種類の馬に比べて実に神経質で気難しい動物と言われています。いくら高い競走能力を持ち合わせていても、その気難しさがレースに現れ、力を発揮することなく終わってしまう馬もいます。

そのために去勢という手段がとられることがあります。オスのシンボルが元気過ぎるのが元凶のようで、それを取り去ってしまうことでおとなしくさせるのです。

勃起は元気の元

人間の場合はそういうわけにはいきません。要するに、「勃つ」ということは元気の素であり、ひいては自信につながるものなのです。

Yさんがまさにそのいい例です。もともと、自信に満ちあふれた男性です。それはYさんの経歴をお読みいただければ説明するまでもありません。

でも、「勃たない」ということが、どれほどYさんを精神的に追い込んだことでしょう。それは逆に、「勃った」時のYさんを見るとおわかりになると思います。「勃つ」は自信です。そして、それは生き方、仕事、プライベートにまで大きく影響を及ぼしていきます。

Yさんの絶好調便り

「あと一年かそこらで、私も赤いチャンチャンコを着る年になります。赤いチャンチャンコは老人の仲間入りの儀式とは思いません。私にとっては、真っ赤に燃える第二の青春の幕開けと考えたいと思っています。

だってそうでしょう。私のオチンチンはもう何も怯える必要がないんですよ。口説きっばなしじゃなく、最後までベッドで″責任″もとれます。私の人生、今が絶好調です。ただ、『タザキカクテル』は冷蔵庫で保管しなければなりません。

そのため、女房がいつも本数をチェックしているのです。外になかなか持ち出すのが大変で、今の私が抱える唯一の悩みです」

ベニスは心を映す鏡

診療所に見えた最高齢は83歳のOさんです。戦後、裸一貫から事業を起こし、従業員も50人を雇い、年商10億円にまで大きくした運送業者です。経営の方は、現在はもう息子さんに任せ、事実上、御隠居さんの身になったのですが、今でも車の運転もすれば、思い立てば海外旅行にも出かけてしまう元気なおじいちゃんです。

ただ、あちらの方の運転はというと、エンスト状態のようで……。それだけの元気な方ですから、若いころは相当に女性を泣かせたのでは?

「お金もある。若い時のようにもうひと花咲かせたいから、勃たせて欲しい」と、言うのかと思いきや……。意外や(失礼)、Oさんは仕事一筋で奥さん以外まったく知らないというのです。

「家族を養うために一生懸命働いてきた。気がついたら、もう80歳を過ぎていた」Oさんの願いは、もちろん、勃起力を蘇らせるためなんですが、セックスが最終日標ではないというのです。勃った自分のものをまた見てみたいというのがたっての希望でした。

「勃ってこそ男だ」というんです。「勃つことは自信だ」とも。実際、Oさんの長期冬眠中のモノは見事に勃ち上がりました。

いゃあ、実に立派なものでしたよ。Oさんは、しばらく会っていなかった恋人との再会でも懐かしむかのようにしみじみと眺めながら、ニコッと笑いました。

その場にいた私まで、思わず、もらい笑いとでもいいましょうか、笑ってしまいました。何とも幸せな気持ちにさせられました。本来ならば、医者である私が幸せを運んであげるところを、私が幸せをいただくかっこうとなってしまいました。

以来、Oさんは当初の目的どおり、セックスのためではなく、″男の自信″を確認するためにいらっしゃっています。

Oさんと知り合い、健全なるペニスは必ずしもセックスのためにあらず、心を映す鏡でもあると教えてもらった気がいたします。

「いくつになっても男は男、高齢を理由にあきらめて老け込むのは、とても馬鹿馬鹿しいことである」″Oさんの元気″がそう語っているように思います。

まとめ

EDの問題は、これまでお話した例でおわかりだと思いますが、自分だけの問題ではなく、パートナーの幸せにもつながるということです。

患者さんは、今でもカクテルで″酔って″います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加