201808/04

男は一回でKOなのに、なぜ女は、もっともっとしたいのか?

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笑顔で男性を見つめる女性

若い頃は二回戦、三回戦でもOKだったんだけど、最近は一回戦で″KO″状態。その夜のうちの回復、再戦など、とてもじゃないが無理な話。新婚でもない限り、妻帯者たちが語る「我がセックスの現状」は大体こんなもの。

たとえ人も羨む外食派として一時的な若返りを果たした御仁でも、早晩〃自宅の味″化したとして似たようなセリフを吐くことになる。

その解決法は各自で考えてもらうとして、今回の問題はその後に続く話題となりがちな″男と女のセックス・スタイル〃の違い。増してやペニス増大などの突撃方法を行っても、オンナの欲には太刀打ちできないのか?

どうしてオンナは回を重ねるほど元気になっていくのか

ひと休みを入れるどころか、『もっと、もっと』だからね。あれは分からん、というよりなんとか勘弁してほしいというわけだ。

夜に眠る彼女。

一回スルごとに男はぐったりするが、女はアクセル踏みっ放しのようなフル回転状態。……回数を重ね年齢を重ねていくうちに、このコントラストが目立ってきて、「私に飽きたのね」「いや単に続かないだけ」「だったら―」「そうはいっても無理はムリー」と、ついには女と男の闘争原因ともなりかねない。

じつのところ、男の脳と女の脳を比べるにあたっては、形や構造といつた日に見える現象を比べる方法と、行動や思考を行っているときの脳の状態を比べる方法の二種類があるらしい。

構造の違いがもっとも目立つ部分はどこかといえば、生機能をコントロールする中枢神経系なのだが、オスとメスの違いなのだから素人にもわかりやすい。

では、ソノ最中および前後のオトコの脳と女の脳の違いを、どのようにすれば知ることができるのか。

最近のテクノロジーの進化は驚くほどで、コンピューターによる「輪切り画像」によって、部分的な血流の変化を連続して観察できるようになった。

シタくなった状態を「頭に血が昇る」とも表現するが、まさに性行動に関わる中枢に血流が増えれば〃アクセル〃だが、減ってくれば″ブレーキ″状態といえる。

この方法によるセツクス・ウオツチングで明らかになった男と女の相違点は、「オーガズム後に再び性的興奮状態が可能となるまでの期間」の有無。専門用語では「不応期」というそうだが、要するに一度達したら、男には(相手に関係なく)休憩が必要となる。

もう少し正確にいえば、インサートするまでは頭に血が昇った状態だが、以降は血流が減り始めて発射とともに冷えてしまう。したがって相手とは関係なしに、しばらくの休憩が必要とされることになる。

ところが女では不応期そのものがなく、性中枢の血流は上がりっ放しであるのがわかった。

アクセル踏みっぱなしは実態であり、休みなしで続けることができるというわけである。しかも一回のセックスで数度のオーガズムがあるのだから、とても男の及ぶところではない。

このあたり、ぜひ女性群の理解を得たいというのが、男性群の切なる願いなのだが……。

まずオッパイで品定めの男と、「三高」勝負の女の戦略

「目の前に若い女性が現れた時、最初に身体のどこを見る?」。こう聞かれた男性の大半は「バスト」と答えるそうだ。

これに対する女性群の反応は、「オンナを侮辱している」「ただのスケベー」と容赦ない。だが、落ちついて考えてみると、そう簡単に怒るわけにはいかない。

なにしろ、名著『裸のサル』などで有名な生物学者のデズモンド・モリスによれば、豊満な乳房を持っているのはヒトのメスだけ。われわれの祖先のヒトニザルが二本足で立ち上がった時、それまで地面に伏していた胸部が正面を向いた。

せっかくのチャンスだから、体毛を取り去って乳首を露出させると同時に、可愛らしくプツクラ膨らませて乳房を作って、オスを魅惑することになった。

下半身のほうは直立によって隠れてしまったので、間接的にその存在を示す″ヘア〃を局部に残した。まさにヒトのメスが選んだ繁殖戦略のひとつなのだという。

要するに大昔の男にとって、自分の前に出現した女を最初に評価する方法として、最も妥当かつ穏健なのが″乳房判断″であった。「元気の良い子孫を残せるかどうか」のギリギリの選択に、相方の容貌の美醜が加わったのはずっと後になってから。

そこで昔からのクセとして、まずバストに目が行き、続いて容貌に移った後で、一転して下半身の″最終目的地″ へ突き進むというわけである。

一方で女は、男のようにタネを播き散らすだけでは済まず、妊娠。出産という一本勝負に賭けなければならなかった。

このとき夫の条件として望ましいのは、簡単には壊れそうもない大きく頑丈な身体と、世の中を賢く生き抜く智恵を持ち、食うに困らない環境にいること。

この三条件、子を育てる母親の要求としては、決して贅沢とはいえないだろう。だが、これを今流に言いかえれば「三高」。相手となる男の条件は、背が高くて高学歴で高収入という、 一時の流行語にもなった例の表現と同質である。

「テメエの姿を鏡に映してからホザケ」と、大半の男どものヒンシュクを買ったものだが、言っているご本人はビクともしない。

それどころか、三高に加える男の条件はセンスとばかりに、服装やら小道具やらの使い方まで問題とする。

しかしこれも、生物界を広く見渡してみると、決して不思議な現象ではないことに気づく。ド派手な羽を持ったチョウや鳥のオスは珍しくないし、魚の中にも繁殖期には真っ赤な胴体となる種類がある。

ライオンのタテガミにしても単なる飾りではないだろう。彼らを観察した結果では、飾り立てが立派な奴は実際に実力者、というケースがほとんどなのだといわれる。

つまり、オスとメスの出会いは「見せ合う」ことから始まるため、その第一印象は(意外に)的外れや期待外れには終わらない。この世には、そんな仕組みもあるということになる。

あからさまな観察には、別のリスクが生じるのだが……。

女房族も参戦、ダブル不倫時代にどうして至ったか

「浮気」という言葉は、ほとんど亭主族専用だったような気がする。

ところがこれが「不倫」に変わった途端「ダブル不倫」という言葉が日常化。パートナー以外との性的なアレコレに、女房族も積極的に″前線参加″してきた。

サツカーでいえばゴールキーパーとして自陣を堅く守り、決して敵に〃入れさせ〃ないのが昔型の女房。ところが今や、FW (攻撃陣)それもストライカーとして、積極的に敵陣に〃入れに行く″、攻撃的な女房像もまったく珍しくなくなった。

これは、女の性的本性が変わった結果なのか、それとも(男と変わることなく)元来が浮気症なのだろうか。遠いご先祖サマであるサル社会との比較で、興味深い論がある。

チンパンジーなど大半のサル族は一夫多妻の社会だから、グループの長であるオスのボスザルは、配下にあるメスザルの中で発情期にあるものを追って次々とSEXを行う。

発情期にならないとメスはソノ気にならないし、オスも刺激を受けないから、性行為が成り立つのは発情期のみ。力のあるボスが発情したメスを次々と獲得するため、結果として一夫多妻になる、といってもよいだろう。

ところで人間は「発情期を失ったサル」ともいわれる。″催す″ことがなくなったわけではなく、受胎可能な期間だけ生殖行為を行う、という現象が見られなくなった。

それに変わって、妊娠とは関係なく「いつでもヤル」ようになった動物が人間というわけだ。

この理由について、ある研究者は「一夫一妻制を保つため、男がシタくなったらいつでもデキるように女が変わった」のだという。

常にSEX可能な状態になっていないと、男は発情している女を求めて何処に行ってしまうかわからない。これでは一夫一妻制も何もあったものではない、という説明になる。

そもそも、ヒトが誕生した場所は乾燥したサバンナだから、森林に暮らすサルのようには食料などの生活環境に恵まれていない。森林のサルのように、母親の周囲で遊んでいるだけで食料も手に入って育つ、などと呑気なことは言ってられない。

厳しい環境の中で子供を生み育てるには、母親ひとりの力ではとても無理で、父親の協力を求める必要があった。

浮気症の男を家に引き止め、家族のためにセツセと食料収集をしてもらう。そのための戦略として女が選んだのが、発情期に限らず「いつでもサセてあげる」SEXであった。

この繁殖戦略の行き着いたところが一夫一妻制だというのだ。

ところが時が移るとともに人間の生活は豊かになって、まず外に出ていた男に時間の余裕ができた。その結果、先祖返りして外部に〃発情するメス″を求めるようになったのが浮気。

さらに時間が下って、家に縛りつけられていた女にも、外に出て″魅力的(?)な男″を捜すという、同じく先祖返りが起きつつある。こうしてダブル不倫時代の幕開けとなった、ということなのだろうか。

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